札幌高等裁判所 昭和32年(う)390号 判決
所論は被告人においては、原判示の如く興浜南線元沢木川鉄橋前約七三〇米の地点で機関士から前方注視方を指示され、同鉄橋前約三五〇米の地点で上り勾配のため投炭作業開始に至る迄、終始前方注視の義務を尽し、前方鉄橋附近に発見した人影が確実に鉄橋の西北端雄武寄り土手に避譲したことを認めて、機関士に対し「前よし」の合図をしたものであつて、原判示の如く右鉄橋上で砂利止めの枠板取外し作業中の平賀文男の姿を認めながら、これを鉄橋外に避譲しているものと誤認したものではないから、原判決はこの点につき事実の誤認があると主張する。
しかし原判決挙示の証拠と当審における検証の結果とを綜合すると、被告人は機関助士であるところ、元沢木川鉄橋より約七三〇米前の地点で同乗機関士木島長作から前方注視方の指示を受け、右鉄橋前約五六〇米前の工夫小屋附近で前方元沢木川鉄橋上に動いている人影を発見したのであるが、右路線は更にその前方右鉄橋直前約一五〇米の区間が半径約四〇〇米の曲線をなし、右曲線区間は機関士から見透しができないし、かつ右曲線の後半から一〇〇〇分の二〇の上り勾配となり、機関助士は特別投炭作業の必要があり、所謂盲目運転の危険がある個所であるから、かかる個所に差しかかる場合には、機関助士はその前に予め右人影の移動を特に熟視して、その動静を見極めてから機関士に対し「前よし」の合図をすべきであつて、もし右見極めがつかないときは機関士に合図して汽笛を吹鳴するとか、その他適宜の処置を講じさせて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、被告人はこの義務を怠り、前方を熟視してその見極めをしないで、単に機械的に一見して右鉄橋上の一名が右鉄橋を渡つた先の線路外に避譲し切つているものと誤認し、右鉄橋前約三五〇米の地点で漫然「前よし」の合図をし、警笛の吹鳴その他危険防止の処置を講じないで、そのまま列車を進行させたため、被告人の乗つている列車に気付かずに右鉄橋上で砂利止めの枠板取外し作業をしていた平賀文男を右列車の機関車の前部ではね飛ばし、鉄橋下に転落させて同人を死亡するに至らしめた事実を認めることができるのであつて、原判決には所論のような事実の誤認がない。さればこの点の論旨は理由がない。
右控訴趣意第二点(注意義務)について、
所論は機関助士の職務は、投炭、給水、給油、各種機器の点検等であつて、前方注視義務は機関士から見透しのできない区間で、特に機関士から命ぜられた場合にのみ、補充的に発生するものであつて、被告人が元沢木川鉄橋前約七三〇米の地点で機関士から前方注視を命ぜられたとしても、それより約一七〇米進行した工夫小屋附近で右カーブは終了し、その後右線路は直線となるのであるから、機関士から前方見透しのできる右カーブの終了した地点で被告人の前方注視義務は解消したものであると主張し、更に引続き被告人に対し継続して注視義務ある如く判示した原判決は、業務上必要な注意義務の内容を誤解し、法令の解釈を誤つたものであると主張する。
しかしたとえ機関助手の前方注視義務が機関士に比して、補充的であるとしても、被告人は前記工夫小屋附近で前方鉄橋上に動いている人影を発見したものであるし、その後路線が直線区間となつても更に間もなく鉄橋前約一五〇米の地点から再び曲線区間となり、かつ前記の如く上り勾配のため所論盲目運転に入る危険な個所があるのであるから、機関助士としては更に前方を注視し危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものと解するを正当とするから、その後引続いて、被告人に対し前方注視及びこれに関連する注意義務あるが如く判示した原判決はまさに正当であつて、所論のような注意義務の解釈を誤つた違法はない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)と